名作とそうでもない作品の違い。

ミラノがある意味不思議なのは、ローマやフィレンツェと違って、美術館が少なく、あっても大したコレクションがないことです。一番大きな「ブレラ絵画館」ですら、作品数はそこそこあっても、歴史的名作は数点ほどしかありません。
しかしそれゆえに、今回いい発見が出来ました。名作とそうでもない作品の決定的な違いです。
ブレラ絵画館のほとんどの作品は技術的には非常に高いものです。しかしなんだか引き込まれません。そういう作品群に取り囲まれて、ちょっと退屈しながら館内を巡っていると、その中にポコッとティツィアーノやティントレットの作品があり、やはり他の作品と全然魅力のレベルが違うことを感じます。それがテクニックとは根本的に異なるところから発生するのだということを確信したのは、ピエロ・デラ・フランチェスカの「モンテフェルトロ祭壇画」を見たときです。
「モンテフェルトロ祭壇画」はそれほど大きな絵ではないし、写実性というようなテクニカルなことで言えば、他の作家の方がよほどリアルです。しかしピエロ・デラ・フランチェスカのあの神々しいまでの画面。まさに次元が違います。
そのときふと感じたのは、この違いは演劇に例えると分かりやすい、ということです。ブレラ絵画館の収蔵作品の多くは宗教画ですから、当然聖書などの物語の場面が描かれています。言うなれば演劇の一場面です。テクニックはすごいのに名作とはいえない絵画は全て、劇的にしようとするあまり無意味に大げさで、個々の要素がばらばらに主張し合った「三文芝居」のように見えるのです。
ところがピエロ・デラ・フランチェスカやティツィアーノにはそれがない。どこかさらっとしているというか、全体が自然に統合されていて、余計な力が入っていない分、かえって絵画全体が引き締まっている。役者も演出担当も全体のコンセプトを完全に理解している演劇、そんな印象です。そして、そこから生じる圧倒的な個性。
「モンテフェルトロ祭壇画」に描かれている人物たちは、ただ普通に立っていて、無表情で、その視線の先もまちまちです。「表現」というようなものが全くない。しかしその、考えていることが読み取れないようなたたずまい、絵画全体に広がっている一種異様な雰囲気が、静謐な神聖さとして立ち現れ、まるで完全に計算された現代演劇を見ているようです。同じことは、ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」にも言えます。文字通り時代を超えた巨匠の洞察力に、深く感動しました。

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